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恋する気持ちは1000年前でもみんな同じ!

みなさんこんにちは!「みんなのONLINE占い」鑑定師の小夜歌です。

早いものでもう今年もあとわずか。このコラムをご覧になっているころは「も~いーくつねーるーとー」などとついつい口ずさんでしまうのではないでしょうか。

さて、以前「百人一首と恋」についてお話をさせていただきましたが、今回は「万葉集」の中から「相聞(そうもん)」と呼ばれる恋愛の歌をいくつかご紹介したいと思います。


万葉集とは?相聞歌って?

それでは簡単に万葉集と相聞歌について説明します。
万葉集は奈良時代に編集された和歌集です。

和歌というと貴族のものだけと思われがちですけど、万葉集には貴族はもちろんの事、地方の役人や豪農などが詠んだ歌も収録されています。
これだけでも日本には文字文化が根付いていたことがわかりますよね。

「相聞歌」というのは男女がお互いに恋心を交換する歌です。
ラブラブの歌のやりとりもあれば、相手をなじったり、恨んだりする事もあります。
あれ?なんとなく…メールやSNSでの恋人とのやりとりに似ていませんか?

奈良時代というと今から1300年くらい前。気の遠くなるような昔ですけど、そんな昔から人は恋愛で笑ったり泣いたり怒ったり恨んだりするんですよね。

そう思うと、ちょっと万葉集が「国語で習ったなんか難しそうなもの」ではなく、身近なものに感じませんか?
そんな「相聞歌」をご紹介しますね。


既読スルー、むかつく

コラムイメージ

まずご紹介するのは笠郎女(かさのいらつめ)の

「相思はぬ人を思うは 大寺の餓鬼の後へに額づくがごとし」
(あいおもわぬひとをおもうは おおでらのがきのしりえにぬかづくがごとし)

「餓鬼」と言っても子どものことではないですよ。生きている時に貪欲だった人が地獄に落ちたときに受ける罰で、飢えと渇きに苦しむ姿の事ですが、奈良の大きなお寺にはその餓鬼像が置かれています。

この歌は、
「私がどんなにあなたを想っても、あなたが私を想ってくれないのは、まるで大寺の餓鬼像を後ろから拝んでいるようなもの」
という意味で、ご利益がない、つまり思いが報われないという気持ちを詠んだものです。

今でもこれは通用します。たとえば既読スルーが続くときにこんな気持ちになりませんか?
「どうしてスルーなんだろう…」と嘆く人もいれば「なんでわかってくれないの?」とイライラする人もいますが、この笠郎女は後者のようですね。そんな人、21世紀の今だっていますよね。

既読スルーが続いたら、この歌を送るのも効果的かもしれませんよ。「どういう意味?」って返ってきたらしめたものです(笑)


あの人への気持ちが日に日に増してくる…

山口女王(やまぐちおおきみ)の

「葦辺より満ち来る潮の いや増しに 思へか君が忘れかねつる」
(あしべよりみちくるしおの いやましに おもえかきみが わすれかねつる)

これは「餓鬼」よりはスッと入ってくるかもしれません。

意味は、
「池のほとりにひっそりと生えている葦に満ちてくる潮のように、いやでもあなたへの思いが増してきて忘れられません」

恋をしていると、ふとした事であの人が思いだされてしまいますよね。いつでもどこでもあの人はどうしているかしら…と思う気持ちは1000年過ぎても同じなんです。


1000年前でも三角関係・略奪に悩んでいた…

…と書いてしまえば身もふたもないですが、万葉集を語る上で「額田王(ぬかたのおおきみ)」は外せません。
額田王は中大兄皇子と大海人皇子の二人の間で翻弄された女性と言われています。

額田王はもともと大海人皇子と結婚していたのですが、兄である中大兄皇子に見初められて、いわば略奪されてしまったのですが、それでも弟の大海人皇子は彼女が忘れられない。

こんな事って、今でもありますよね。というか、似たような事で悩んでいる方が占いにいらっしゃる事はよくあります。

略奪された後、天武天皇となった中大兄皇子と額田王が狩に出かけた時にそれを見かけた大海人皇子が彼女に手を振った時の歌は有名ですよね。

「茜さす 紫野ゆき標野ゆき 野守は見ずや君が袖ふる」

それに対する大海人皇子の返歌は

「紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾(あれ)恋ひめやも」

このやりとりを簡単にまとめると

「あんなところで手を振ったら人に見つかっちゃうじゃないの」
「君が結婚した今でも恋しいんだ」

今でいえば、今カレとデートしているところに元カレと遭遇、元カレがあからさまに手を振っちゃうってシチュエーションですよ。
その後LINEでこんなやりとりしたとしたらきゅんきゅんしませんか?

何度も恐縮ですが、1300年前でも恋愛の本質って変わらないですよね。


恋する気持ちは1000年前でもみんな同じ!

コラムイメージ

いかがでしたでしょうか?
時代は変われど、「恋する気持ち」は1000年、いえ1300年前の奈良時代も思いは今のわたしたちと変わりませんよね。

それだけ、恋愛って人間の根本的なものなのでしょうね。だからみんな悩み苦しむのです。
だからこそ昔から「占い」があり、恋の行く末を見てもらっていたのでしょうね。

わたしたち鑑定師も少しでもみなさんの恋のお手伝いができればいいなあと思っています。
どんなささいな事でもお話聞かせてくださいね。


執筆者 : 小夜歌先生

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