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時には海のように

コラムイメージ

私は心身の浄化のため、
時々ふらっと海を見に出かけています。

陽光に煌めく広い海原、
延々と途切れることのない波、
悠久の時を奏でる波の音…

大きな海を前にした時、
日々の些事に翻弄されることのない
大きな心を思い出します。



その日は他に人もおらず、
ただ広い広い海を眺めていました。
やっぱり海は美しいな…と心から思いました。

その一方。

ふと海岸に目をやれば、藻屑や流木、中には
ゴミも混じって、お世辞にもキレイと言える
状態ではないことに気づきました。

あいにくその日はゴミを片付ける道具を
持ち合わせていなかったので、片付けることは
できませんでしたが…

やっぱりそういう状態というのは残念に思いますよね。

きっとシーズン中は海水浴客も多いでしょうから、
もっとキレイに保たれているでしょう。

でも、オフシーズンになってしまえば、
汚れ放題、見るも無残なものです。

なんと利己的なものかと思いはしますが…



ですが、私たち自身の心も似たところがあります。
いつもいつもキレイなばかりではありませんよね?

どこまでも人を慈しむ心が現れたかと思えば、
次の時には激しく誰かを憎む気持ちになってしまう。

状況が状況なら、とても暴力的な感情に満たされて、
傷つけてやりたい思いにすら駆られてしまう。

素直に誰かの成功を喜ぶこともできず、
かえって失敗すればいいと思うことだってあります。

全てを手放してでも誰かを救いたいと思うこともあれば、
騙したり、力づくで奪ってでも誰かのものや、
誰かのことが欲しいと思うこともある。

まるで時々は感動的に美しく、人々を楽しませ、
また時々ではゴミだらけで見るも無残に汚れてしまう、
そんな状態か繰り返し訪れる人気のビーチのようです。



その大小多寡はあったとしても、
どうも私たちの心というのは利己的なようです。

ですが、それは仕方ないこととも言えます。
なぜなら私たちは利己的でなければ、 生きていけないからなのです。

食べられるものが可哀想だと言って、
何も食べることをしなければ、死んでしまいます。

それは生きるもの全てがそうなのです。

自然の摂理であって、良くも悪くもありません。
四柱推命などで使われる陰陽五行の理は、
それを実に上手く表現したものだと思いますが…



とはいえ、私たちはいつもいつも、
利己的な心で生きているわけではありません。

誰かを思いやる気持ち、
誰かと喜びを分かち合おうとする気持ち、
誰かの幸せを心から願うこと…

そういう気持ちだって、確かにあるのです。

大切なのは、そういう繰り返し表れる 様々な心の一面を、
どれが自分だと言うこともなく、 広い心で眺めてみることです。

海だって荒れる日もあれば、凪の日もある。
私たちの心だって、同じようなもの。

色々あって、なんだかんだあって…
そんな自分も面白いじゃないか、
時々は美しいじゃないかと、
自分の全てをOKしてみること。

こんな自分じゃ…なんて思わずに、
全部自分なんだと広い心で見えるようになると、
不思議と焦りも少なくなるもの。

焦りがなくなると、これまた不思議なことに、
未来に対する希望も持てるようになるものです。

海へ出かけたとき、
どこかのお寺に立ち寄ったのですが…
そこの門の所に書いてあった言葉が印象に残っています。

―生きていると思えば、腹が立つ
生かされていると思えば、ありがたい―

利己的な心、謙虚な心。
両方あっての私たちなのですね。

みなさんの明日が希望に溢れたものになりますように…

執筆者 : 水社シン先生

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